事務局長の独り言 書籍出版 「おいしい魚をさがす」日本生協連1985

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若 狭 良 治

おいしい魚をさがす―体験的魚流通論―


連合出版


おいしい魚をさがす―体験的魚流通論―



書  評 (生活協同組合研究 No.120 (1985.12)

シリーズ・くらしの豊かさを求めて
(編集協力・日本生活協同組合連合会) 定価各780円 消費税別

@野菜レポート     おいしさと安全性を追って 岸田葉子 著
A新しい住生活     住み方と収納整理     田中恒子 著
Bくらしの中で子育てを 家事労働と子どもたち   飯野こう 著
C加工食品最前線    食生活をどう変えるか   陳 志成 著
Dおいしい魚をさがす  体験的魚流通論      若狭良治 著

シリーズ番外                 定価1600円 消費税別
あたらしいゆたかさ 現代生活様式の転換      吉野正治 著

書  評 (生活協同組合研究 No.120 (1985.12)

『おいしい魚をさがすー体験的魚流通論』 若狭良治 著  連合出版 1985年8月刊

水産大学校 教授 廣吉 勝治

 本書は日本生協連の編集協力を得て発行されている「シリーズ・くらしの豊かさを求めて」の五冊目にあたる。サブタイトルに「体験的魚流通論」とある。
 これは著者が約十年間にわたり、生協の魚流通担当として関わってきたこと、そのことが基礎となって本書が出来あがったことを強調したものと思う。
 大変ひかえ目なサプ・タイトルとなっているが、一読してまず感じたことは、著者が第一線での自らの業務を通して得た経験主義的「私論」にいささかも陥ることなく、体験の中から幅広い視野と洞察をもって事実を分析している点である。
 また、消費者の魚介類に対する日頃の疑問に応え、かつ正しい知識の普及という点にも留意している部分が随所にみられる。著者も述べているように、水産物の流通の実態は多様で複雑である。
 消費者に実態を的確に伝えることは至難のワザである。そのため、往々にして「水産物の話」はそれに係わっている業者と一部の専門家だけのものとなり勝ちで、この種の実情と問題解明は、専門家達のひとりよがりと消費者・市民の誤解とによるすれちがいが少なくない。
 私なども一研究者のはしくれとして、いろいろ消費者と専門業者との橋渡しをすることがあるのだが、結果は疲労感をおぼえることが少なくないのである。
 この種の書物は、農畜産物関係と比較しても著しく少ない。
 この意味でも、本書の企画と著者には本当に敬意を表したいと思う。
 格好の普及書が出版されたことを心から喜んでいるひとりである。

本書の構成と内容を概説しておきたい。
第1章魚流通の周辺で
 1 魚と日本人
 2 どれだけ疲れるか
 3 魚が獲れた後の流通は?
第2章「CO-OPたらこ」を求めて
 1 わかりにくい水産業界
 2 たらこと添加物
 3 たらこと200カイリ問題
第3章CO-OP冷凍魚の発展
 1 冷凍ニジマスの開発
 2 「いわし」の刺身を求めて
 3 鮮度を測る物差づくり
骨つきの魚を食べようーあとがきにかえて

 今日の漁業と魚の流通をめぐる問題の現状をきかん概観し、併せて著者のそれに対する見方、考え方といったものが述べられているのが、第1章である。ここでは、現実の水産業を単純・単線的に考察するのではなく、実態のいわば両面といったものを相対的に捉えようとする著者の基本姿勢がうかがわれる。
 冷凍魚介類の開発、普及によって、日本人はより多くの水産物を入手することが出来たが、反面、商社の転売などで価格投機問題が生じやすい土壌がつくられていること。
 大衆の消費対象となるべき生鮮魚を押しのけて一部の冷凍魚が店を占領していることなどが指摘される。
 資源問題が発生し、200海里(カイリ)問題が顕在化して輸入依存度が高まっているが、その減産分を補う手段として国内養殖を重視する見方が必要なことも指摘されている。養殖魚はいわゆる餌料の多投による養殖魚場の「自家汚染」の問題、薬づけの問題などがあるが、現実にはタイ、ハマチ、ホタテ貝、昆布、ワカメ、ノリ等などで養殖生産物が国民の食料を支えている状況にあり、「単純に、養殖反対、天然魚だけでとろう」といっても「問題の解決にならない」(本書、19〜20頁)と著者ははっきり、今日の識者の見解にまま見られ勝ちな「養殖亡国論」的な発想を戒めている。
 ここには輸入魚が増え、養殖魚が増え、冷凍魚が増えていく現実の姿を多面的にとらえ、その問題点を克服してゆくところに消費者運動の原点をみようという著者の基本的立場があらわれているように思う。

 第1章は、わが国水産業の動向を見る部分としているため、漁業生産や輸入及び水産物流通の仕組みの現実的な統計資料や図示で明らかにしており、本書が一般消費者のテキストとしても充分役立つように配慮されていることがわかる。
 その一般的動向の考察、評価においては、たとえば、「水産国日本」の実態として乱獲と200カイリ問題で遠洋漁業の減退がなお続き、「いわし」のような多穫魚消費のムダが生じている現実などについても「これは、日本の食糧政策や漁業政策が、国民の食糧自給という点からではなく、主として漁業経営・生産量の拡大をはかり、目先の『はなやかな』生活を演出することで政府への信頼をつなぐという姿勢から打ち出されてきたことの結果である」(25〜26頁)という厳しい指摘がなされる。
 また、冷凍魚や輸入カズノコの生産・流通の仕組みや商品知識を例示し、流通機構の特殊性や複雑さの現状と問題点の解明にも力点がおかれている。そのなかで、流通のカラクリ、規格のいい加減さなどが指摘される。

 第2章は、CO-OP塩たらこの商品開発の具体的経験を通して、現状における水産物の生産、流通、消費の問題点を明らかにしていった経緯が述べられている。
 本書のサブタイトルにある、まさに「体験的魚流通論」の圧巻をなす部分であろう。
 関連して、生カキやカズノコなどの商品化の実情についても一瞥されている。
 ここには、読者にとっても大変啓発させられ、かつ多くの教訓を与えてくれる内容が展開されていると思う。
 第一に、安全で品質が高く、「おいしくしかも安価で」という消費者の願いをかなえる商品開発の困難さということである。
 業者の協力もさることながら、既存の市場経済原理のもとで定着してきた「たらこ」の生産と流通システムを覆すことの難しさが良く読み取れる。
 漁獲の時期、場所、漁法によって品質もまちまちで、しかも投機性の強い産物現場から一定の品質の原料を精選取得することの困難さ。添加物という「ごまかし剤」によって生産者、取扱業者が安易な取引をしていたのだが、これを否定して全く塩だけの高品質の無着色、無添加たらこを開発することは、従来の「たらこ」とは似ても似つかない全く新しい別の商品を作り出すことと同じ意味をもったであろうこと。
 何よりも、「たらこは赤い」の常識がまかり通っている消費者の頭を切り替えていく教育が必要であったことは、おそらくCO-OPたらこが商品として成立するための重要な突破口であったと思う。
 第二に、タラコによらず、カズノコによらず、水産加工品(なかんずく魚卵加工品)の原料は大手の水産会社や商社の生産、供給によるものが少なくないが、業者のあいだでいかに相互信頼に基づく商品開発を行おうとしても、大もとの原料供給が大手資本の「モウケ主義」に左右される状況では、その商品は安定的なものとして定着できないということである。
 昭和52〜3年頃の「狂乱魚価」問題でそのことは立証されたということである。
 やはり、生産から加工、流通まで一貫した独自ルートとシステムを開発する必要であることが痛感される。
 第三に、閉鎖的な水産業界には市民社会にはなじみのない用言(専門用語)が使用されていることは良く承知されているが、社会性、一般性のない行為も平気でまかり通っている様な独特の古さがある。
 情報も取引も業者の仲間うちだけの共有物となっているあいだは、成功の産直も商品開発も成功できない。
 どうしても彼らの古いカラを打破していく方向性が必要だと思うし、またそうした進取的業者とジョイントしてともに前進していく姿勢がなければ消費者運動も発展できないと思う。本書には著者ら第一線担当者のそうした玄人教訓がにじみ出ている。
 消費者教育は熱心に取り組まれるが、末端流通を中心にした流通関係業者や担当者の教育、再教育こそ重要ではないかとの著者の指摘には共感を覚える。水産物流通専門業者の持っている知識と情報は、その専門性ゆえに極めて狭い。のみならず、少しでも自己の専門の縁辺に至ると、誤った知識を平気で露出しているものが少なくない。
 特にこの傾向は、流通の「川上」よりも消費者に近い魚屋のような「川下」の流通関係者に多い。というのが私の実感である。

 第3章は、著者の「体験的魚流通論」の発展としての「CO-OP冷凍魚」開発をめぐる記述である。
 円高と冷凍ニジマスの開発普及を契機としてのスジコの開発、冷凍「いわし」の刺身開発、冷凍イカの開発など次第に日生協の開発品目が拡大、多様化していく様子が判る。
 その試行錯誤の中で政府の補助金事業を取り入れながら、「コンシューマーパック」の開発、「K値」という鮮度測定表示技術への取り組み、全漁連(全国漁業協同組合連合会)との提携・交流、多穫性大衆魚の冷凍品に対する見直し等、多角的な魚介取組みへと発展するにつれて生協の魚流通をめぐる活動も次第に多方面なものとなり、問題の核心により接近しうる記述構成になっている。

 「あとがき」に著者の本当の思いが率直に出されているのを加味してみると、おのずと消費者が持つべき姿勢、生協活動がなすべき運動のあり方などが導き出されてくるようである。

◇   ◇   ◇   ◇

 本書はいくつかの特徴を持っている。

 本書で取り上げられ、考察の対象としている魚類の中心は北洋系であり、消費実態も東日本的なそれである。
 日生協が対象としてきた取扱魚類の特徴がよく書かれているように思う。
 そして、流通、消費についても人口100万人以上の大都市の消費者を念頭に置いた記述になっているように思う。
 冷凍「いわし」の刺身などの話は、私共のような地方都市の在住者にはあまり馴染みがなさそうである。
 思い込みの荒っぽさや記述の正確さに誤りがないわけではない(例えば42頁、1951年の「漁業法」の改正とあるが、新漁業法の制定は1949年[修正済み]である)。
 本書が著者の「体験的魚流通論」としているのはなるほどと肯定できるのである。
 欲を云えば、地方都市における生協の魚流通への多様な取り組みと問題の解明を含めて魚流通論に接近して欲しかったが、その点は生協運動の先端にある著者の二次作を期待したい。

 それにつけても、本書からいろいろと考えさせられたことが少なくない。

 第一に、周知のように、魚介類は種類も多く、輸入品、養殖物、淡水産なども我が国には豊富に流通しているという特殊性がある。
 また、漁法、海域、漁期、サイズなどが異なれば商品価値も異なる。さらに消費地域別や需要先別でもそれは違っている。
 これほど多様だから、その商品化、流通にあっては大小様々の業者がその規模と専門性と得意分野に対応して群立するという特殊な業界分野が成立しているわけである。
 その存在を観念的に否定し去ることは簡単だが、魚介類の特殊な商品化の現状と関わって彼らが存在しているだけに、現実に彼らが果たしている役割を無視できない。
 著者も述べているように、この業界の体質を改善しつつ、彼らの能力を最大級活用しつつ、生協との新しいジョイントの拡大方向を模索してもらいたいと思う。
 現在、中小の水産加工流通業者自身が低迷と廃業の危機に立たされており、新しい発展の方向を模索している現状である。

 第二に、それにつけても、これほど新しい情報が伝達されない業界も珍しいと思う。
 生産者と消費者、業者同士、産地と消費地、魚類の特性や商品知識など、本書に登場してきたカズノコ、タラコ、カキ、ニジマス、「いわし」等々についても、言われてみれば「そうだったのか」と安易に気づくことでも伝達されることは少ない。
 特定の情報は特定の関係業者の所有物となっておれば良いといった商品供給の考え方では、今後の水産物の消費を本当の意味で拡大することはできないと思う。そこに、情報伝達の要としての生協の果たすべき役割は極めて大きいと感じた。
第三に、行政変革の課題である。本書でも水産行政批判が随所に見られ、説得力もあると思うが、「200カイリ」行政にせよ、沿岸漁業見直し行政にせよ、あるいは流通関係補助行政にせよ、はっきりとした水産業再編の見通しを持った中・長期の政策路線の提起がないのが現状である。水産公共予算の大半をこれまでの漁港整備に使ってきたが、それも沿岸漁業の真の発展を見通して作られたものは全く少ない。従来の政策が破綻してしまったために、あれこれと対症療法的にやっていることが目立つこの頃である。流通面においても、生産者と消費者が本当に提携し交流が促進できるような長期の政策視野が必要と思うのだが、成功には業界だけではなく、そういう行政の変革を見込んだ取り組みの立場を要望したい。行政担当者の涵養にも力を貸して欲しいと思う。
本書はいろいろな意味で、多くの問題提起の書であると思う。
何度も云うように、この種の普及書は僅少であるだけでなく、真面目に取り組んだ説得力のあるもの、しかも全体的な視野に立つものがほとんど無いに等しい。その意味で、消費者の間でも、生協担当者、なかんずく業者の間でも本書の購読を契機に、様々な議論と学習と実践のインパクトとなって、それが拡大することを期待したい。私も微力ながら本書の幅広い流通のためにいささかでも役立ちたいと思う。
<著

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日本農業新聞

2022年6月10日に掲載しました。